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パンデミックの歴史、収束期間は?パンデミック宣言したらどうなる?

社会

2020年3月11日にWHOによって新型コロナウイルスのパンデミック宣言がされました。

広がり続けるコロナウイルスに、これからどうなるのか不安に思う方が多いと思います。

 

ほぼ間違いなく歴史的な規模になる今回のパンデミック。

これまで経験したことの無い歴史的な出来事なので、過去から学ぶには歴史を調べるしかありません。

 

今回はパンデミックの状態であると世界的に認められてしまったコロナウイルス…

今後どうなっていくのかを予測すべく、

 

パンデミックの歴史やどのように収束したのか、収束期間はどのくらいだったのか、調べてみました。

パンデミック宣言(新型コロナウイルス)

パンデミックは日本語では「感染爆発」、「世界的流行」などと訳されますが、感染症や伝染病が世界的に大流行し、非常に多くの感染者や患者を発生することをいいます。

 

パンデミックという言葉の名言をWHO(世界保健機関)はこれまで避けていましたが、3月11日に行われた記者会見で、新型コロナウイルスの流行を『パンデミック』と発言しました。

パンデミック宣言したらどうなるの?

パンデミック宣言があると、どうなるのか具体的にみてみましょう。

WHOでは、パンデミックまでのフェーズを6つに分類し、フェーズごと対応策を各国に求めています。

出典:厚生労働省

つまり、パンデミック宣言をWHOがしたということは、各国の政府にパンデミックの影響を最小限にとどめるためのあらゆる対策をとることを求めることになります。

今回の新型コロナウイルスのパンデミックと発表したテドロス事務局長の記者会見では

 WHOは新型コロナウイルスの流行レベルの深刻さ、重症度、不作為を深く懸念しており、症例数、死亡数、影響を受ける国はさらに増えるとみています。従って新型コロナウイルス感染症はパンデミックに当たると判断しました。

 パンデミックという言葉は軽くまた軽率に使う言葉ではありません。間違って使われると理由のない恐怖感を引き起こします。必要のない苦しみや死につながるかもしれません。パンデミック宣言でWHOのしていること、各国がしなければならないことが変わるわけではありません。

出典:yahoo

と話しています。

今回のパンデミック宣言は遅すぎたなど批判の声も上がっていますが、宣言の前にすでに各国が対応を行なっていたためWHOのパンデミック宣言によって対応が大きく変わることはなかったかもしれません

パンデミックの歴史上の事例

パンデミックは世界のこれまでの歴史では事例があったのか、みてみましょう。

ここでは代表的な例を3つ紹介しますが、これ以外にも1980年代以降のエイズの流行や2009年の新型インフルエンザの流行もパンデミックとして紹介している機関もあり、定義は曖昧な部分があるようです。

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スペイン風邪/スペインインフルエンザ(1918年〜1919年)

20世紀最悪のパンデミックとも言われるスペイン風邪は第一次世界大戦中アメリカの軍隊から発生したとされています。

スペイン風邪は、アメリカ軍が欧州派遣によって世界中にばら撒かれました。

患者数は世界人口の3分の1、約5億人と推測され、致死率は2.5%以上(感染して病気になった場合に死亡する確率)、世界中で2000万人~4500万人が死亡しました。

スペイン風邪は第一波、第二波、第三波と時期をずらして流行し、第一波は感染力が高いものの特に致死性のなかったものの第二波は10倍の致死率となり、しかも15~35歳の健康な若年者層においてもっとも多くの死がみられ、死亡例の99%が65歳以下の若い年齢層に発生したという、過去にも、またそれ以降にも例のみられない現象がありました。

日本においても、1918年の感染拡大(前流行)、1919年の感染拡大(後流行)と二回の波があり、最終的に当時の日本内地の総人口約5600万人のうち、0.8%強に当たる45万人が死亡しました。

アジアかぜ/アジアインフルエンザ(1957年-1958年)

1956年に中華人民共和国の貴州省・雲南省で発生し、1957年4月頃香港で流行が始まり、シンガポール、東南アジア各地、日本・オーストラリア、アメリカ、ヨーロッパなど世界へ伝播しました。

世界で約100万人以上が死亡日本では300万人が罹患し、死者5,700人ました。

香港かぜ/香港インフルエンザ(1968年-1969年)

1968年6月から香港でインフルエンザが異常に発生し、7月に猛威を振るったと報道されました。

7月末にはすでに日本に上陸しており、8月にシンガポール・台湾、9月にはマニラ・バンコク・インド、ついでヨーロッパ・ソ連へ、アメリカにはベトナム戦争でベトナムから帰還した兵士によって流行が拡大していったと考えられています。

 

1968年の流行の開始(第一波)に比べ、1969~70年にかけての第二波での流行はかなり激烈で、死者も増加、1986年から翌年にかけて少なくともおおよそ50万人が死亡しました。

スペインインフルエンザやアジアインフルエンザと比べると被害の小さいパンデミックだったようです。

収束期間

パンデミックが宣言された新型コロナウイルスもいつ収束するのか、ということが人々の一番の懸念だと思います。

20世紀最悪のパンデミックと言われたスペイン風邪の収束期間はどのくらいだったのか調べてみました。

スペイン風邪は1918年の春に発生しましたが、日本においては1918年の5月に横須賀から感染が始まったとされています。

そして1920年が過ぎると自然に鎮静化しますが、これは対策の効果があったというよるは、日本の隅々にまで拡大し生き残った人々が免疫抗体を獲得したからだと考えられています。

収束期間でいうと、1年7ヶ月ほどということになります。

この1年7ヶ月の収束期間で当時の日本人口の0.8%強に当たる45万人が死亡したのですから、かなりの猛威を奮い、自然に去っていったということが想像できます。

まとめ

パンデミックの歴史と収束期間をみてみましたが、1年7ヶ月と聞くと長く感じるかもしれません。

しかし、スペイン風邪は日本において2回に分けて流行があったため、一回あたりの流行はそれより短かったはずです。

また新型コロナウイルスの流行している現在の方が医療は進歩しており、衛生環境も良くなっています。

新型コロナウイルスはもっと早く収束することを願うばかりですね。

 

 

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